都心に住んでいた頃、住まいが木造の二階だったために、小さい娘達が家の中で走り回ると、階下の住人にどやしつけられた。元気な子供だもの家の中で走り回るのは当たり前。でも下に居る人にとっては頭上からのひびきはたまらなかったのだろう。 こんな二人の元気を発散させるために、私は毎日、雨さえ降っていなければ近くの公園に連れて行った。公園に行くには危ない交差点を横切らなくてはならず、幼ない二人の手をしっかり握っていたのを思い出す。一日二回、まるで犬の散歩のようだった。 ところが、雨が降ると外に連れ出せず、二人の元気が行き場を失って噴火を始める。運良く見つけた 近くの児童館に連れて行き、思いきり暴れさせるのだが、やはりお日様へのラブコールであった。 だから梅雨時は、ちょっとでも雨の止み間があると、長靴を履かせて傘を持って、外に繰り出した。子供達は水溜まりがあると走って行ってそこで足踏みをする。水のはねる音と感触が良いのだろうか。滑って転び泥んこになりながら、ぶらりぶらりと歩き回るとき、紫陽花の紫色がひらっひらっと目に飛び込んでくる。どんより雲の合間に紫陽花がなかったら、どんなにか私達親子の散歩は殺風景になったことだろう。まだ花の名前など良く知らなかった私だったが、この雨の止み間の紫陽花は有り難い助っ人のように思えた。 そして何年も過ぎ、やがて東京の郊外に移った。いつかこの木を植えたいと思いつつ、経済的にも時間的にもゆとりのない日々が続いた。そんなある日、裏のアパートを引き払った人に置いていかれた植木鉢を見つけた。どんな花が咲くのか分からなかったけれど斑入りのきれいな葉が付いていた。捨ててあったとはいえ、なんとなく頂くのは気が引けて、茎を何本か切って挿すことにした。 そうして育った2本のフイリガクアジサイは、その後何度か移されながら、今も元気に青紫の花を咲かせている。今年は植木屋さんが、自宅にある紫陽花を加えて我が家の庭に紫陽花の一角を作ってくれた。頂いた若木は花が重くて地面
に顔を擦り付けるよう。 |
[2001.5.30撮影]
だんだんに色が濃くなる。[2002.5.30撮影]
萼の白が紅色に染まりはじめた
[ 撮影2001.6.13]
時間と共に中央も萼もブルーに変化してくる
[2001.5.30撮影]
![]()
昨年購入、幼木で咲かなかった株。今年はふた房付けた。房の重さで垂れ下がるのをつっかえ棒で見えないように支えている。葉に茶色の斑点が付いてちょっと見苦しいのは、どうしてだろうか?[2003.6.5]
この時期のアジサイコーナーの全景はここ。[2003.6.11]