コスモス、それは逞しい花。
小学生の頃、大きな台風が来るというので家中が大騒ぎになった。今でも伊勢湾台風として記録に残されている。当時の我が家は畑のど真ん中に建っていて木造の平家だった。母は食料の買い走りや一升瓶に水をためて大わらわ、父は雨戸を全部締め切ってその上から鎹を打ちつけていた。物々しい厳戒体制に子供の私はじっとしていられず、ロウソクやマッチを部屋の各所に置いたり自分の宝物を袋に詰めたりしていた。
風の勢いがどんどん強まり雨のたたき付ける音が家全体から内部に押し寄せてくる。父は雨合羽をかぶって、今一度最後の点検にと外に出て行った。間もなく台所の裏口から入ってきた父の立っていた場所にバケツで撒いたかのように水がびしょびしょになっていた。
台風は恐かったけれど、その間だけはいつも忙しい両親がなにもせずに茶の間に座っていたのが嬉しくもあった。こんな時は大好きな父を一人占めできたのだ。私が12の時に他界してしまった父が、すぐ側にいて、たくさん話をしてくれた。気圧の事、風の事、気象の流れ、手元にある箸でもなんでも使って説明してくれる人だった。台風は恐い、でもそのいつまでも去らずにいてくれたらなどとも願った。
風の勢いが強まると停電になり、トイレに行くのにもロウソクを持っていく。この時、台風の目というのがほんとうにある事を実感した。やがて風の音が静かになり、まずは父が最初に外に出る。走って戻ってきた父が「おい、裏の家の屋根がなくなっているぞ!」
大きな台風だった。大将の許可が降りて外にでると、自分の背丈ほどもあったコスモスがなぎ倒されている。生け垣の内側にたくさん咲いていたのに、みんな地面
を這うようにしている。持ち上げても持ち上げても、ヘラリンと倒れてしまった。両親は又忙しくなってコスモスどころではなかった。
何日かして、ふと見るとコスモスがたくさん咲いている。アリャリャみんな倒れたところからむくむくと頭をもたげてまた花を咲かせている。かっこがわるいなあ、だけどなんて強い花なんだろう。あのときに群れ咲いていた我が家のコスモスは今でも強く記憶に焼き付いている。
一昨年、この話を聞いた友人がコスモスの種をたくさん集めてきてくれた。西側にたくさん蒔いてコスモスの畑ができるはずだった。が、すべて芽をだしたまま消えてしまった。土がそれほど悪く根が張れなかったのだ。あわれな種達が、土がいかに大切かを身をもって教えてくれたようで、それから土の改良に精を出した。
そして今年の春、それでも不安で矮性のキバナコスモス(Cosmos
sulphureus)を蒔いてみたら、こんな可愛い花がたくさん咲いた。嬉しかったけれど、もっとうれしかったことは、その群れの中に一本だけ、昔からあるコスモスがすくっと生えてきたことだった。別
の種がひとつ混じっていたのかしら、それとも一昨年の生き残りが花開いたのかしら。台風と父の思い出にタイムスリップするには、やはり私の庭に咲いてくれなくては。あなたたち、来年もきっとここで会いましょうよ、ね。
[2000.7.3]