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Garden Diary2003 'December' - Part 1
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Date 3 7 16 27 31    

3日 Echeveria の花

 南側と北側は、すべて塞がれたまま雨の日を過ごした。そして昨日、やっと青空が出て工事が再開された。朝起きればごく当たり前に開閉していた窓。それが開けられなくなると、なんともすっきりしない。テープの付いていない側の窓をちょっぴり開けてみる。かすかな隙間から風が入るが、視界はなくぼんやりと外を感じるだけ。東西にある小さな窓を開け、玄関を開け、ファンを回転させる。だが、やはりすっきりしなかった。今日の夕方になってその膜がやっとはずされた。大きく全開して外の空気をたっぷり入れると嬉しくなった。

 しかし、考えてみればこんな要求が出るのは、戸外がそれほど寒くないからなのだろう。スウェーデンに住んでいた頃には、朝起きて、ちょっぴり回転窓を開いくだけだったもの。暖かな部屋の中に爽やかでビンビン冷たい空気がすうっと入ってくる。風の流れがはっきりと分かるから、数分も開いておけば十分満足した。

 写真で御覧のように、家の近くに植えてある木は、すべてこうして覆われている。足場がはり出していて、花壇の縁を通らなくてはならないところがある。工事の人が荷物を持って通るときには中に踏み込んでしまうこともあるだろう。仕方ない仕方ない。せめて、夏でなくって良かったと思うべきところなのだろう。

 こうして庭が荒れ放題になってしまうと、お手上げ状態。冬支度の事も考えられない。ちょこちょこ草取りなどしていたら、作業のじゃまになるから。すべては工事が終わってから。例年より暖かいらしいので、軒下から追い出している鉢に霜の降りる心配がなくて、ほっとしている。

 エケベリア Echeveria の花が咲きそう、咲いたらコレクションに加えることにしよう。貝殻虫にやられて、何度も薬剤処理したのに、元気に生き延びている。嬉しい嬉しい。

 

7日 哀れ惨状、ショックで涙もでない!

 事故は4日の事だった。その数日前に、雨の中を不足している足場材を載せた2トントラックがやって来た。荷下ろしをするので、トラックを入れたいから、自宅の車を出して欲しいとのことだった。見るとかなり重そうである。「ここに入れて大丈夫でしょうか?」と聞くと「たいした重さではないから大丈夫でしょう」とのこと。なにしろ雨の中である、双方共に雨に濡れながら押し問答をする隙もなかった。どしゃぶりの中、鉄製の足場を運び入れて、足場を補充する作業は2時間程続いただろうか。皆が帰っていくと、車入れの所に置かれている枕木やレンガが一部没していた。

 その後もう一度機材を運び入れる車が入り、徐々に陥没がひどくなっていた。工事をしている会社は非を認め、工事が終わったら修復することになっていたのだが、すでに下にあった水道管は下に押されることで、はるか南の端の方に亀裂を生じていたらしい。

 それから数日した4日のこと、工事関係者が引き上げていつものように自分の車を戻した後、2階に上がってみると洗濯機がゆすぎの時点で動かなくなっている。水が洗濯機に入ってこない。はて、まさか買い換えの時期ではないだろう。水道との接続部分を点検してみるが、わからない。ふと風呂場の水を出してみると勢いがない。水圧が極端に低い。はて?お隣さんに聞いて見ようかと玄関を出ると、雨でないのにちょっぴり水がある。水の多い方に目を向けると、南の方から水が流れてきているではないか!一瞬にして頭に血が上った。足場の間を潜り抜けて急ぐと、南西の角にあるマテバシイの辺りから水があふれている。震える手で水道のメーター検針の記録を手繰りだし、水道局に電話をした。夕方の5時45分頃事だった。

 水道管破裂など日常茶飯事なのだろうか、対応はしごく沈着冷静であった。同時に連絡をした工事責任者は、出先から急いで駆け付けてくれていたが、素人にはどうすることもできない。来ない来ない、未だ来ない!催促の電話を3度入れて、緊急修理業者が到着するまでに1時間半もかかった。水はすでに車入れの方まで流れ始めていた。

 水を止めるには、とにかく取水栓を見つけなくてはならないと言う。水道業者2人は、調べてきた図面の記す辺りを、金属探知機を使いながらシャベルで掘り始めた。だが、取水栓は見つからない。水はけをすこしでも良くする為に、花壇を仕切っていた石は蹴飛ばされ枕木の道は川になった。慎重に植え付けて根付いていた苗の上を長靴で歩く。水道局の職員も来た。何度か「奥さんいいですか」と確認を取りながら木が抜かれ、とうとうミニショベルカーが塀の外から運び入れられた。良いも悪いもあるものか、嫌と言えば庭中がもっと水浸しになるじゃないか。車置き場の枕木はぷかぷか浮いているし、もう生きた心地がしなかった。闇の中で何がどうなっているのかわからないまま、ようやっと水が止まって時計を見ると針は零時近くを指していた。

 大事に育てていた苗木は踏みにじられ、抜かれた木が生きている木にもたせかけられている。キャタピラに押しつぶされ、小さかった木や草花は跡形もない。胸が痛むというより、ただただ呆然とするばかりだった。水道管が40ミリと太かった為に、車の重さで下に押されたその力が水道管を引っ張ることになり、90度に折曲げてある接続箇所に負担がかかり、破損したらしい。その場所を修復して工事の車が帰っていったのは夜中の2時近かった。とにかく目前の恐怖からは解放され、強い安堵感はあったが、体は冷え興奮しているのだから、床に入っても寝付けない。そのまま明け方を向かえ、娘にメモを残してうとうとした。「朝、泥水を流し捨ててから、ふろ場に水を溜めるように」と。

 朝になると、いつも通り起き上がって、顔も洗わず一番にシャベルを持って庭にでた。救える植物があればと思ったのだが、どろどろになった土にシャベルは食い込まない。かろうじて頭を出していたシラユキゲシの苗だけ、ひっぱりあげることができた。ぼんやり立っていると涙が出て来る。可哀想に可哀想に。ごめんよごめんよ。許しておくれ。

 どしゃぶりの中であっても、あの鉄骨を載せた2トン車をここに入れることにノーと言えなかった自分が悔やまれた。自分の我がままを言うようで、工事の人達へ気兼ねしたのがいけなかった。

 以上が事故のてん末である。明日あたり、この車入れは元通りしてくれるはずだが、庭は植木屋さんに一仕事してもらわなくては自分ではどうすることもできない。庭を知らない人にいじられるなんてまっぴらごめん。でも、植木屋のおじさんは暮れで忙しようだから、どうなることだろう。気持ちのゆとりが出て来たら,失った植物を調べなくてはと思っている。

 人生なんて山あり谷あり、嵐もあれば雷も落ちる。庭がこうなった位たいした事じゃない。ぼんやりと佇みながら、洪水や地震で家を失った方の事を考える。さぞや、やりきれない思いをなさったことだろう。何のこれきし、ピッピバアチャンはこんな事くらいで泣かないぞ。泣かないとも。工事が終わったら腕まくりだ〜!くじけるもんか!

16日 日溜まりの中をお散歩

 まだ工事の後片付けは終わらず、足場はそのまま。暮れで工事関係者は忙しいらしいが、なんとが早く外してほしいものだ。それでも、窓の外にいつも人が見える状態から解放されれば、自然とサンダルを突っかけて庭に出る。朝起きて前の家の屋根を見ると、霜で真っ白。それでも幸い日中は暖かくなるので、出しっ放しの鉢植えはすべて元気である。

コクリュウの花

紅葉したLonicera

ツバキの後ろで、こんなに赤い実を沢山!
ここなら鳥に食べられないわね。

ツバキ、一番下にある一輪だけ咲いていた。
他の蕾は、全てまだまだとても固い。

 こうして愛らしい花や木を見ていると、自分が優しくなるように思える。落ち葉をかき分けながら、クリスマスローズのかすかな蕾の兆しを見つけ、まだ1センチにも満たないタイツリソウの芽を見つけ,心が弾む。何が起ころうと季節は巡り '友' は戻ってくる。庭のある幸せを大切にしたい。

 

27日 ぼちぼち庭いじり

 閑散とした庭に出る。長い間何もしなかったので、ちょこちょこと草取りをする。冬知らず(カレンデュラ)があちこちから芽をだして小さな花を咲かせている。

 足場を作る時に、逆さに枝に引っ掛けられたままのバードフィーダーがあった。餌を入れて吊したが、蓋がどこかに行ってしまってみつからない。雨が降ると餌が濡れてしまうから、サランラップをかけて輪ゴムで止めた。

 一昨年もそうだったが、イチゴの葉はとてもきれいな赤になっている。一旦軒下に入れたが、ここでは家の中から見えないので、見えるところに移動した。

 この写真には写っていない、右の方に破壊された場所がある。昨日は、枯れた木の処理をした。サツキとキンモクセイは、できるだけ根に付いた泥を落とし、枝を短く切って袋に入れる。無惨に抜き取られたアジサイの枝は裏の枯れ枝捨て場に運んだ。今日の仕事は、植え込みから流れ出た土の片付け。こねた粘土のように固くなっているので、砕くようにしてシャベルですくってバケツに入れ、えぐられたような穴に運ぶ。泥に埋まった石は掘り起こして平らな所に移動。べったりへばりついた泥が、乾けば落ち易くなるし雨が降れば洗い流してくれるだろう。

 シャベルを梃子にして石を持ち上げていたら、下敷きになっている苗がどろどろになったままいくつか顔を出した。助かるかどうか分からないのだが、夢中で救い出す。草木の苗でさえ、半死状態なのを泥の中から救い出すのは、余り気持ちの良いものではない。これが動物あるいは人間だったらどんなだろうか?無我夢中で救おうとするだろうが、対象の痛みがひしひしと伝わってきたら堪らないだろう。

 作業をしながら、いつものように母の言葉を思い出す。「始めがあれば終わりが来る。始めがなければ決して終わりは来ない。」粘土状の土質ではない場所なのに、水と一緒にたっぷり捏ねて、おまけにたっぷり踏みつけられているのだもの、なかなか乾きやしない。シャベルだって食い込まない。

 明日はちょっとでも空気が入るように、大きなシャベルで掘り起こしてみようか。できるだけの事をしておけば、1月に植木屋さんが来た時に仕事がスムースにはかどるだろうから。

 

31日 今年最後の日

 静かな静かな大晦日。やっと窓ふきを終え、塀の外を履き、庭の手入れをする。枯れた茎を切り取り、枯葉を拾い、雑草を引き抜く。手入れの出来ない一月以上があったので、平らな地面の下に何があるのか、まるでわからなくなってしまった。うっかり掘ると小さな芽があったりするので、そおっとそのまま。

 写真はCarex、なんてきれいなんでしょう!

 風もなく暖かな日溜まりで黙々と作業をすると心がとても休まる。こんな日を過ごしたのは久しぶり。今年は、クリスマスカードも年賀状もまだ書いてなく、まだまだ年が変わることが実感できない。

 事故で庭の荒れ果てた箇所はそのまま、駐車場は中途半端にいじられて結局来年やり直してもらうことになっている。こうして、庭にやり残しのあるままなのが、一層切り替えを悪くしているのかも知れない。ま、こんな年もあるさ。

 皆様には失礼になってしまうが、静かに新年を迎え、それから書くとしよう。来年に向けての抱負も、珍しく頭の中にある。すべては年が改まってから。

 とりあえず、平和な1年に感謝して、今年を締めるとしよう!

 

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