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庭日誌 August 前半|後半 | HOME
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17日 庭への興味が薄れる

 雨に降り込められて庭に出ない日が続く。湿気に弱い植物はどんどん弱り、逞しい雑草ばかりがはびこる。こうなると、敢えて庭に出て行く気にならなくなる。悪循環である。こんな時には、手の掛からない木がいいなあと思う。ネグントカエデや、今年植えた斑入りのセンダンがとてもきれいだ。 

 窓越しに眺めると、シュウカイドウを除いてはセイジなどがちょこちょこ咲いているだけ。淋しい庭、...と思いきや、傘を差して西に回ると、雨の重さで深いおじぎをしているフロックスあり、オミナエシあり、陰からダリアも見える。根元から倒れているハナトラノオの先っちょにも花がついている。

 走って家に入り鋏をつかんで再出動、傘の柄を肩に掛けて、持てるだけの束を抱えて台所に行き、流しで泥を落として花瓶に差したら、「あら、こんなきれいな花、家にあるの〜?」と娘が言う。花瓶2つに生けた花は爽やかで美しい。1日花のムクゲも切り花にできることは知らなかった。

 雨の止み間に武装をしてちょっとばかり庭にでると、ミョウガが沢山出ている。私はこの香りが好き。食い気に押されて茂みであろうとなかろうと、潜るようにして入ってゆく。今年2度目の収穫で再び酢漬けを作った。

 お盆に帰った折、実家で食べたサラダにミョウガが刻んで混ぜてあったが、なんと買ったものだとういう。増えて困るので根こそぎ抜いたら今年は収穫ができなくなったとか。

 泥んこになりながら、ざる一杯のミョウガを収穫しながら、この話を思い出した。そう言えば、地下茎でとんでもないところにまでニョキニョキ葉が出ている。何本か抜き取ってみた。

 近い内に思いきって庭仕事をしなくては!

22日 覆水盆に返らず

 ちょっとした気の弛みが取り返しのつかない失敗を招く。

 夏は掃除をするのにもってこいに季節である。暑さのため、じっくりと根気の要る作業にはなかなか集中できなくても、体を動かす作業だと汗を流しながら続けることができる。かといって、庭仕事には暑すぎる。もっとも今年の場合は雨が多くてじめっとした庭に出る気にはなかなかなれなかったが。
 そこで、雑巾バケツを持ち出して拭き掃除をした。よごれた水には、ほこりなどゴミのあるので、外に捨てたい。そこで、横着をして窓から庭に向かって撒こうとした、その瞬間に「危ない!」と思った。セダム類を植えてある鉢が窓からすぐに見る事のできるよう台の上に載っていて、水の掛かる方向にそれがある。前を確認する以前にバケツは振り上げられていた。腕の動きに勢いが付いていて、脳からの指令が届いた瞬間にはもう加速がついていた。腕は外に向かって大きく振り上がり、バケツの中の水は鉢に命中、1方向からの力でバランスをくずした下の台は、ゆらりゆらりと数回揺れる。そして鈍い音を立てて前方にどっさと倒れた。上の鉢は放りだされて見事に分解、セダムは4方に飛び散った。

 鉢は、大きな破片に割れたので、なんとか接着しようかと思ったが、やはり接続部分はくだけていてぴたりと合わせるっことはできない。不燃ゴミとして出すしかないが、袋に入れるとなかなか重かった。どろんこになったセダム類は、冬に屋外で越冬するセムペルビブムと、室内取り入れ組と分けてふた鉢にした。やれやれ余分な仕事を作ってしまった。

 こんな情けない1日のスタートだったが、久しぶりに夏らしい天気になれば自然と庭に出たくなる。陽が陰り始めたと夕方5時半から芝刈りをし、続けて草むしりや伸び過ぎた枝切りを始めた。が、間もなく暗くなってどうにも作業を続けられなくなってしまった。陽が短くなってきているのだなあ。

24日 Pippiばあちゃん復活、久しぶりに朝の庭仕事をする。

 左は玄関前にあるトラデスカンチアの花。 

 晴天が続くと気持ちの方も晴れてくる。昨日は用があたので、一昨日の続きをしなくてはと、気持ちが昂ったまま床についた。だらけた生活リズムは、おいそれとは戻らない。いつも通り7時起床で、顔も洗わず庭に飛び出た。

 すると、ゲンノショウコが咲き始めている。この写真よりも、もっと濃い目の覚めるような美しいピンクである。よおく見ると右にしぼんだ花がある。一番花は誰にも見られずにそおっと咲いたということかな

 「手の入らない庭」「手の入っている庭」という言い方がある。決して専門の植木屋がどうのこうのというのではなく、ほったらかしか否かということなのである。モーター式の虫よけファンを腰にぶら下げて蜘蛛の巣を払いながら、枝を落としたり草をとったり、倒れた草に支えを添えたり、こうしているとつくづく「手の入らなかった我が荒れた庭」だなあと思った。枕木の歩道に伸びでたゴシキカズラを、自然に伸びているかのように、不揃いに切ってやる。

 一汗かいたところで、直植えしたクレマチスが小さくなって咲いているのに気付く。と、その上にユリがさいている。隣にはタデが伸びていて、素朴で好ましいバランスを保っていた。いいなあ!

 長雨で瀕死の状態にあった草が元気を盛り返している。Carex buchanaii, Panicum. セージ類、そして私も。思い出した草を捜しに、炎天下にひょいと庭に出て行く。そのまま、ちょいと草むしり。

「あ〜ら、あんた元気だったの〜!あ〜ら、お子さんが増えたわねえ。この子日陰で可哀想ねえ、もう少し待っててね、...」などと独り言を言いながら。庭には、たくさんの友がいて、ついつい長居をしてしまう。

25日 蜂の巣発見!

 6時起床、30分後には庭に出ていた。今日は裏門からのアプローチ周辺。まずはほうきをふりまわしての蜘蛛の巣払い。この時期は、毎朝の通学・通勤をする家族にとっての恒例行事がある。裏門に辿り着くまでの蜘蛛の巣払いである。どんなに丁寧に払っても、翌朝には必ず巣を張っているのだから。紙を丸めてバッタバッタと振払う者あり、足を上げて振払う者あり、個性の出るところと私はもっぱら見物である。が、自分が作業をする時には、やはりほうきで高いところまで、そして枝の間も払うことにしている。

 それから、伸びて通路にシャシャリ出ているツタや枝を切り、見えなくなっている踏み石を覆うリシマキアを切り取る。1年半ほどで捨てるほどに育つとは!土を盛ってある花壇に植えた斑入りリュウノヒゲがたくだん子供を増やしている。ハイネズの下に出ている赤ちゃんは、もう少し根付いたら中央部に移動してあげよう。そして、余っている腐葉土を加えてやる。

 オモトというのは、どうして汚くなってしまうのだろうか?他所様でも、あまりきれいな状態にあるのは見た事がない。常緑で厚みのある葉なので、なんとかきれいに保ちたいものだが、こつがあるのだろうか?葉の間から顔を出している草はとても抜きにくい。

 サザンカの下では、斑入りのフッキソウが雑草とリュウノヒゲの合間で増えている。まとまって生えると互いに支え合うこともあり、なんとなく揃って見えるのだが、良く見ると茎はフニャフニャしていて、くねりながら伸びている。首を持ち上げると25センチほどにもなるので、手をはなすと半分以下の高さになってしまう。どれもこんなふうだから、支えを作ってもあまり意味がない。陽の当たらないところだからかもしれないが、せいぜい固まって生えていただくしかないだろう。周りを抜き払って、腐葉土で飛び出ている根を隠してあげる。

 たかがこれだけの作業で無心に遊んでいると、優に2時間半は過ぎてしまった。土いじりが癒してあることを再確認する。

 ところで、左の写真はなんだかお分かりになるだろうか?そう、ハチの巣である。

 昨日、娘が「ハチが家の中に入いろうとしていたよ」と言っていた。そして今朝、一仕事終えてスペアミントの葉を収穫にと書斎からでようとすると、大きな蜂が音をたてて威嚇してきた。あわてて家の中に入り、別の方から出て葉だけは収穫した。はて、どこからやってきているのだろうか?

 と、午後遊びにきた友達が、窓から外を見て、パティオのテーブルの下からハチが出入りをしているのを発見。見てもらったら左に巣をテーブルの下に発見した。

 今朝も、このテーブルの上に鉢植えに水をやったし、昨日は植木鉢を動かしてもいる。おとなしいハチなのだろ、きっと庭に居る虫を食べてくれているのだろう、とは思ったものの、自分の体のことを考えると、心配になってきた。私が刺されたらきっとひどいことになるだろうから。で、夕方植木屋さんに電話をした。運良く家にいて、すぐに殺虫剤を持って自転車でやってきてくれた。彼の手に掛かればあっけなく巣は手づかみで取り出され、「もう幼虫はほとんど居なくなっているよ」と言う。これは毒バチというそうだ。彼曰く、刺されたら思いっきり絞り出してしまうそうだ。そうすればあとは「どうもない」とか。いやいやこれは、彼の場合である。

 巣が片付いて、一緒に庭を歩きながら、いつものことながら、ちょっと長いおしゃべりを楽しんだ。そこでサルスベリの事を聞くと、今年はどこも花付きが悪いとか、日照量が足りないからだという。そう言いながら、見上げると、「ほらごらん、これから咲くよ。つぼみがあるじゃないの。あそこでしょ、ほらあそこでしょ」と指を差す。70近いというのに目の良い人だ!

 ところで、私を威嚇したのは、こんな大きさの蜂ではなく、もっと大きかった!暫くは用心しなくては。明日は庭に出るの、どうしようかなあ。作業リストは長いのだが..

26日 「ツタのからま〜るチャペ〜ル...」って?

 雨は降りそうで降らなかった。裏門は再びツタに覆われだしているので、仕方なく、夕方刈り揃えることにした。伸びるツルとのいたちごっこの休戦は冬だけであるが、ツルを切っていると頭の中でこの歌いだす。

 考えても見て頂戴な、このロマンチックな歌詞は、手入れ人の気持ちなど、どこ吹く風だと受け止められないだかろうか?建物がツタに覆われ出したら、きっと窓にだってツルは伸びるはず。小使いさんが、マメにちょきちょきやっていなければ、きっと開かずの窓になったはずだもの。それどころが、昔の建物ならば隙間からツルが侵入したかもしれない。

 塀の外には、ハゼラン(3時花)がたくさん咲いている。歩道に伸びでているので、遠くから見ると、いかにも家主の怠慢と映る。それで、抜いてしまおうとバケツをもって近付いたのだが、小さな愛らしい花が山と咲いているではないか。小さな子供がここを通るときに、「お花が咲いてると」と言って喜ぶかもしれないじゃないよね。そのままにしておこう。同じく塀沿いに植えたペパーミントは、思ったとおりご機嫌な様子。歩道にシャシャリ出て花まで咲かせている。三日続いた真夏日であっても、1センチそこそこの土の上で平気で育つ2種ここにあり、ということか。

 夜になって雨が降り出した。明日こそ、庭仕事はお休みである!

30日 塀の外

 家や庭を見て、ここにはどんな人が住んでいるのだろうと思う。運よく、庭の手入れをしたり掃除をしたりするところを、見掛けたりすると嬉しくなる。そこで、我が家の場合どうなるのだろうか?

 昨日の事、「こんにちわ〜」と繰り返し大声で叫ぶ声が外から聞こえた。「なんて元気なオバハンなんだろう。それにしても、これだけ呼んでも出て来ないなんて、どの家かしら?うるさいなあ」と思い始めた頃「**さ〜ん!」と同じ声が我が家の苗字を叫んだ。ギョッとして、大きな声で返事をしながら、大あわてで出て行くと、水道のメーターの交換に来たという。

 あ〜あ、もう、インターフォンは再びツタに覆われたか!恥ずかしくて下を向きながら門を開けると、ご主人の方が工具を手にして入ってきた。幸いメーターの周りは、草を抜いてきれいにしたばかり、あとは大丈夫と、メーターのある位置を示して家の中に入ろうと歩き出すと、後ろから「アジャ〜!」、声がした。一体は何ごとかいなと、方向転換して声の主の元へ戻ると、彼が持ち上げた蓋の下はびっしり泥で埋まっていてメーターが見えない。「アレレッ、一体どうしたのかしら?」と私が声を掛ける間もなく、水道屋さんはさっさとシャベルで泥をかきだし始めていた。

 水道検針は2か月に一度、前回蓋を持ち上げた時には、ちゃんとメーターが見えていたのに。犯人はアリだろうか?まったくきまりが悪いったらなかった。「すみません」の繰り返しである。が、幸いなことがひとつだけあった。一緒に仕事をしている奥さんがハツユキカズラ(ゴシキカズラTrachelospermum)(画像と説明は、リンク内、7月の58番)に興味を示し、欲しそうだったので、根を出しているツルを掘ってビニールポットに入れてあげることができた。

 そんな訳で、今日の庭仕事は再びツタ切り。西側の塀沿いに生えた草を抜き、固まってへばりついている泥をこそげてさっぱりした。これで安心、外に出る時、知らない人に顔をみられても。