庭日誌 May 前半|後半 最初のページに戻る
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2日
やっと若葉のでてきたアセビの新芽のすぐ下でお食事をしていました。一匹の大きさは、人間ならば、りんごの丸かじり程度なのだろうか、捕まえるとちょっと間は、じいっとしてもぐもぐやっている。 これに気を良くしたPippiバアチャン、もっと欲しくてたまらない。友達をそそのかしてハンティングに出かけた。とはいうものの、なんといっても相手が小さいので、見つかったのはたった一匹。こちらも、大事に大事に夕方持ち帰りました。 ナナホシテントウムシは呑気なのだろうか。新入りさんは、袋から出し手も、しばらく手の上を歩き回って、やっとのことで葉に移っていただいたし、今朝見つけた先住者の方も、こうして至近距離にカメラを近付けられて平気である。虫によっては、ほんの少し近付くだけで、さっと飛んで行ってしまうのに。あとから、アセビを見に行ったら、もうアブラムシは全部なくなっていた。 4日 サルスベリの新芽が、枝先から20センチほどのところでちぎれて落ちている。数えてみたら5本。同じ事が、毎年クスノキにも見られる。鳥のいたずらのようだが、どうしてこんなことをするのだろうか。生きる為の餌として食べるのなら、困りはするものの、納得はいく。だが、一体どんな理由でこんなことをするのだろう。ちぎれた若芽はぐったりとして見る陰もない。 考え用によっては、「剪定をしては枝を切って捨てる人間様だって同じじゃないか、勝手な言い分だよ。」とも言えるかも知れないのだが、朝一番に萎れた若芽を見るのはいい気分じゃない。鳥の習性ならば、一体どんな訳があるのだろうか。 日射しが強まる十時頃から、庭中が良い香りに包まれる。南西からはカラタネオガタマ、北からはスイカズラ。庭をうろつく時間が長くなる。生きていていればこそ、こんな時もやってくるものと、しみじみ思う。 木々が美しい。先日購入したサンゴミズキをポットに植えてパティオに置いてあるのだが、これが、とてもいい。年のせいだろうか、近頃木が欲しい。植えない植ない、と呪文のように唱えているのに、もっと紅葉が欲しくてたまらない。 夜な夜なネットで調べていたら、ネグンド系にきれいな紅葉があり、通信販売をしている。もうやめられない。ケリーズゴールドというのが欲しいのだが、そちらはないので、フラミンゴの方を注文した。これで、安心。「物」はもう夢の中で我が家の庭に治まり大きくそびえている。 だが、その夢が展開して、もっと欲がでた。植木の街「安行」にまだ行ったことがない。連休最後の日だもの、よおし、明日は出陣だ! 5日
8日
うんうん力んでの草抜きに汗を拭って一息すると、ミカンの花の香りがとても爽やか。今の時期は庭のどこにいても良い香りが全身を包んでくれる。おや?妙な香りは、猫ちゃんの落とし物。格好の遊び場にして、枝を折ったり、植えたばかりの花を倒したり、そして "臭い" の置いてけ物。しょうのないやっちゃ! 注文していたネグンド・フラミンゴとシロヤマブキが到着。竹の支えを3本入れて、しっかり丁寧に梱包されている。おまけにシロヤマブキは一本余分に入っていた。ヤマブキと名は付いていても、黄色の種類とは別属とか。清楚な美しさが気に入って、一昨年から欲しいと思っていたから、ネット販売で見つけたときは飛びついた。フラミンゴは鉢植え、シロヤマブキは、さあてどこに植えようか.....。Pippiバアチャンは自分で仕事を作るのがお得意です。[写真は翌日に撮影]
11日
雨が降って一層緑が美しくなった。お日様がないと花が匂わなくて残念なのだが、いくら庭にいても飽きる事がない。ふらりふらりと出て行ってはちょいと草をむしったりするものだから、私の親指と人さし指はは両方とも荒れてしまっている。'thumb'だけならまだしも、'index finger'もよごれていては、'greem thumb'でなく'soiled rough fingers'。それで、台所には小さなたわしを置いている。以前は百円ショップでひとつだったのが、先日は2つ買えた。このミニたわしはとても気に入っていて、風呂場にも置いている。なぜ?こちらは足の方の指用。ちょっとのつもりが、サンダル履きのまま、ついつい泥遊びになるものだから、20本の指はしょっちゅう泥だらけになる。 のろりのろりとBeth Chattoの本を読んでいる。目新しかったり、分らなかったりすると、いちいち調べているせいで、なかなか読み進まない。それどころか、自分が似た種類をもっていると、どうなっているのか気になって、懐中電灯をもって外にでたりする。それも加えて、彼女があまりに誉めたりする植物があると、それがあったら、庭の何処に植えようかなどとぼんやり空想にふけるものだから、始末が悪い。とても好感が持てるのは、彼女が常に各々の生長のバランスを保つように手入れをしているところ。個々の特徴をうまく考えて植え付けても、多くの種類を混植すれば必ずバランスはくずれてくる。だから、伸び過ぎるものがあると、「とても綺麗だし、元気に増えるから扱いは楽よ。でも気を付けなさいよ」とコメントがある。裸の幹を覆うのに綺麗な黄色のアイビーをからませせていたら、幾日か留守にしている間に思いのほか伸び過ぎたとか、あるシダの種類にいたっては、春に芽がでてきたらマメに摘む事とある。自ら庭に出て作業をしている人ならではの、経験からくる感想や植物の特性描写が分かりやすく、素晴らしい本である。緑の好きな実践家がこうした本を書いてくれるのはとても嬉しい。 12日
成虫(?)の方はもう見かけないのだが、一体何が起こっているのだろうか。鳥や蜂がたくさん飛んでいるので、食べられちゃッたのだろうか。 15日 昨日の夕方、ぼんやり庭を見ていたら、セダムの新芽がすべてとろけている。近付いてみると、ちいさな虫がたくさんうごめいている。なんだろう、ハバチの幼虫だろうか。黒い粉は糞だろうか、糸を出してその中にたくさんいる。さっそくピンセットと木酢液入りガラス瓶を手に持って出陣である。外は段々暗くなりやがて見えなくなってしまった。「あんた達、これが生きる為でしょうけれど、私困るのよねえ」と言いながら、続きは今朝に持ち越してしまった。これからの時期はほんのちょっとの油断で瞬く間に食い尽されてしまう。 ナナホシテントウムシがいた、ナスの葉の上に。嬉しくなってしゃがんだら、生きのいい油虫がたくさんついている。このてんとう虫君、早朝はあまり食慾がないのだろうか、ほとんど動かない。彼のいる葉の上にはアブラムシがいないところを見ると、食休みなのだろうか。仕事の合間に何度も見にいくと、何回目かには、餌のたくさんいる別の葉に移っていた。家主(?)の私としてはこうなると進退極まる。にっくきアブラムシはすぐにでも潰したいところなのだが、そうすると、テントウムシ君の食料がなくなってしまう。手の届かないところにもアブラムシは繁殖するだろから、なんとか卵を産んで幼虫を育ててほしいから。幼虫は飛んでいたないし、成虫以上に食慾があるとものの本で読んだ。 四季なりイチゴはやっぱりあまり美味しくない。今日の収穫からはジャムにすることにした。ほんの少しだから、砂糖をかけて電子レンジで数分、毎朝のパンに付けようか。こうすると、美味しい! 夕方帰宅すると、ナナホシテントウムシが2匹ともナスの苗に止まっている。アブラムシがいっぱいだった葉一枚が、すっかりきれいになっていた。留守の間に食べたのだろう。ところで、この2匹まるでコミュニケーションをとっていないようで、離れてじいっとしている。 |