庭日誌 March 前半|後半 最初のページに戻る
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17日 4月の陽気が続いていて、都心の桜が咲き出したとか。私の体もじっとしていられなくなり、昨日は1日庭に出ていた。犬走りにたまっている去年からの枯葉を掃いて、イチゴの鉢を並べた。秋に鉢植えした株は根がびっしり回っていて、どれもこれも可哀想。鉢ごと引き抜いたものだから、埋め込んでいた花壇のあちらこちらに穴ができた。くっついている株を引き離して、大きさに応じて鉢を選ぶ。書斎の壁を塗った時の屑をちょっと混ぜてみた。徐々に溶けて土をアルカリにするように思えたから。 今日は娘の家に行き、コニファーの植え付けや草むしりなどをした。自分の家には適当な場所が見当たらないので、勝手にキバナコスモスを蒔いてきた。シソとコキアもちょっと蒔いたのが発芽するだろうか。彼女は忙しくて、水やりのゆとりもない日が多いだろうから。でも、イチゴは多少乾燥しても平気だろう。一日中陽のあたる所なので、たくさん実を付けることだろう。 20日
「このばあちゃん、よくも飽きずに長い事遊んでいるもんだ!」赤玉に花壇用の土を混ぜて'まんま'を加え化成肥料をちょっとばかり。例の壁土も大匙一杯ほど、そしたらぐちゃぐちゃにかき混ぜる。 しゃがんでは 'よっこいしょ!' と立ち上がる。この動作を何十回繰り替えしたことだろう。いくらバランスを考えても、数カ月もすると広がり具合や丈の伸び具合ですぐに変化してくる。それでいいのだが、根が張り切ってしまうと、来年の作業が大変になるので、一部は鉢ごと埋めている。どの3つの鉢も一直線にならないように工夫する。基本は高さも考慮して三角形。 夕方、室内の植物をほとんど外に出した。真夏が来るまでたっぷり陽に当ててやろうと思ったから。家の中がすっきりして、ほっとする代わり一挙に軒下が緑に覆われた。それにしても乾燥がひどく水やりが忙しい。性懲りもなく挿し木なんかしているのはどこのどいつだ〜! |
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左は芝生の中に見つけた春。 |
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昨日の午後から雨が降り出した。やっとのお湿りにほっとする。朝の作業をそのままに、夕方になって続きをしようと思っていたので、予定は変更。何をしていたか? 春になるとソフト面でなくてハード面が忙しくなる、などと言えばちょっとかっこがいいのだが、要するに土方風の作業が増えるということである。裏門からのアプローチは有り合わせの安物の薄い石を置いてあるので、座りが悪い。固い土をほじくって安定のバランスを探ってみる。あちこちから不要のレンガを拾ってきて、埋めてみる。 晴れているかと思うと急に暗くなって小雨が降る。こんなことが1日じゅう繰り返された。小雨を受けながら、小学校入学前のおままごとを思い出す。あれはどこだったろうか。家の脇のちょっとした隙間に父ござを敷いてくれて、そこにままごと道具を広げた。寝室、台所、食堂、あっという間にできあがり。水を汲んできて折り紙でジュースを作れば、しゃれたお茶の時間。雲がお日様を隠すと「さあ夜ですよ。早く寝ましょう。」赤ちゃんを寝かし付ける間もなくお日様が顔を出す。「さあ朝ですよ。早く起きましょう。」布団を上げるとすぐまた夜になった。横になったり起き上がったり、あまりに忙しくなって仲良しが一緒に笑い出した。それを聞き付けて父もニコニコしていた。 しゃがんで草むしりをしながらこんなことを思いでにふける。実は今日はあまり気分が優れなかったのだが、庭に出てしまえば体がバランスを取り戻す。好きなことがあって幸せだなあと湿った土のかおりに包まれて感謝した。 24日 急激に温度が下がった。下の飛び石の両脇にリシマキアをびっしり植え込んでみたいのだが、ランナーを移動するにはまだちょいと寒すぎる。頭の中ではもう、石の周りは2種類の緑にびっしり囲われている!夢は止めどなく開き続ける。
25日
昨日のこと、自転車で青梅まで行きカタクリ群生を見た。ちょっと離れて見たのでは、花が小さくてわからないけれど、近寄るととても可愛い。石垣にしがみつくようにしてこの写真を撮った。
25日
せっかくスルスルと出るようになっていたカタカナ単語が頭の奥の方にしっかり治まってしまっている。新入りには名札が付いていないので、ラテン名のアルファベットを調べて札作りである。 娘と一緒の時にそんな現象を見られると、例に寄って「ほら、頑張れ!」と激が飛ぶ。粘って思い出すとく細った脳の神経が蘇るそうだ。諦めて答を聞いてしまえば回線はぶっつり切れてしまうとか。何処で聞いてきたのか知らないが、親が惚けてくるのは否なものなのだろう。 お陰で、ひとりでいる時にもこの激が聞こえてしまい、顔をしかめて脳みそを絞るのだが、たいていは徒労に終わる。 29日
まだ幾分がたがたするのだが、歩き易いし雨垂れもレンガに当たっている。これで両脇に苔が育つようになるだろう。 今日は、ホトトギスとシランを随分引き抜いた。猛烈な勢いではびこるので、いくら好きでもバランスをくずしてしまうのだ。とくにホトトギスは抜きにくくて夏がきたらどうしようかとちょっぴり頭を傷めている。抜いた苗は裏の石ころだらけの空間に埋め込んだ。ここならいくらはびこっても構わない。日当たりの悪い物置きの陰だが、雑草が生えなくなりますように。 リシマキアを裏門からのアプローチの両側に移植。そのほか、ポットの苗を直植したりと、こまごまとした作業で結構忙しい。1年の内で一番わくわくするこの時期、何度も途方にくれながら、私の庭遊びは続いている。 31日 青梅から日向和田まで往復した。行きは鉄道公園の脇から入って尾根伝いにほぼ平坦な道、帰りは多摩川の反対側を吉野街道に平行した道を歩いた。しばらくぶりの足慣らしとなった。
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昨日の午後から雨が降り出した。やっとのお湿りにほっとする。朝の作業をそのままに、夕方になって続きをしようと思っていたので、予定は変更。何をしていたか? 春になるとソフト面でなくてハード面が忙しくなる、などと言えばちょっとかっこがいいのだが、要するに土方風の作業が増えるということである。裏門からのアプローチは有り合わせの安物の薄い石を置いてあるので、座りが悪い。固い土をほじくって安定のバランスを探ってみる。あちこちから不要のレンガを拾ってきて、埋めてみる。 晴れているかと思うと急に暗くなって小雨が降る。こんなことが1日じゅう繰り返された。小雨を受けながら、小学校入学前のおままごとを思い出す。あれはどこだったろうか。家の脇のちょっとした隙間に父ござを敷いてくれて、そこにままごと道具を広げた。寝室、台所、食堂、あっという間にできあがり。水を汲んできて折り紙でジュースを作れば、しゃれたお茶の時間。雲がお日様を隠すと「さあ夜ですよ。早く寝ましょう。」赤ちゃんを寝かし付ける間もなくお日様が顔を出す。「さあ朝ですよ。早く起きましょう。」布団を上げるとすぐまた夜になった。横になったり起き上がったり、あまりに忙しくなって仲良しが一緒に笑い出した。それを聞き付けて父もニコニコしていた。 しゃがんで草むしりをしながらこんなことを思いでにふける。実は今日はあまり気分が優れなかったのだが、庭に出てしまえば体がバランスを取り戻す。好きなことがあって幸せだなあと湿った土のかおりに包まれて感謝した。 24日 急激に温度が下がった。下の飛び石の両脇にリシマキアをびっしり植え込んでみたいのだが、ランナーを移動するにはまだちょいと寒すぎる。頭の中ではもう、石の周りは2種類の緑にびっしり囲われている!夢は止めどなく開き続ける。
25日
昨日のこと、自転車で青梅まで行きカタクリ群生を見た。ちょっと離れて見たのでは、花が小さくてわからないけれど、近寄るととても可愛い。石垣にしがみつくようにしてこの写真を撮った。
25日
娘と一緒の時にそんな現象を見られると、例に寄って「ほら、頑張れ!」と激が飛ぶ。粘って思い出すとく細った脳の神経が蘇るそうだ。諦めて答を聞いてしまえば回線はぶっつり切れてしまうとか。何処で聞いてきたのか知らないが、親が惚けてくるのは否なものなのだろう。 お陰で、ひとりでいる時にもこの激が聞こえてしまい、顔をしかめて脳みそを絞るのだが、たいていは徒労に終わる。 29日
まだ幾分がたがたするのだが、歩き易いし雨垂れもレンガに当たっている。これで両脇に苔が育つようになるだろう。 今日は、ホトトギスとシランを随分引き抜いた。猛烈な勢いではびこるので、いくら好きでもバランスをくずしてしまうのだ。とくにホトトギスは抜きにくくて夏がきたらどうしようかとちょっぴり頭を傷めている。抜いた苗は裏の石ころだらけの空間に埋め込んだ。ここならいくらはびこっても構わない。日当たりの悪い物置きの陰だが、雑草が生えなくなりますように。 リシマキアを裏門からのアプローチの両側に移植。そのほか、ポットの苗を直植したりと、こまごまとした作業で結構忙しい。1年の内で一番わくわくするこの時期、何度も途方にくれながら、私の庭遊びは続いている。 31日 青梅から日向和田まで往復した。行きは鉄道公園の脇から入って尾根伝いにほぼ平坦な道、帰りは多摩川の反対側を吉野街道に平行した道を歩いた。しばらくぶりの足慣らしとなった。
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