<番外編>「歯医者考」


<番外編>「歯医者考」

父が医者を開業していた頃、あちらこちらと医者を変える患者をとても嫌っていた。長期的な目で治療をしているのに、改善がすぐに見られないと、父をヤブ医者と思いすぐ別の医者のところに行く。それはそれで構わないのだが、暫くすると、そう言う人に限ってまた戻ってくるので、それが嫌だと言っていた。完治するまでは、きちんと指示に従って養生してくれないと一層症状を悪化させることになるからと。

私は年に一度ほど、歯医者に行く。こちらに越して来て20年近く変えることなく同じ医院に通っていた。実際は、医者の方が適当に変わっていたので、実際は数人に診てもらっていたことになるのだが、さすがの私も不安になったことがある。

知覚の感度というのは、個人差があって、治療のレベルが同じであっても痛さを感じる度合いというのは皆違うのではないかと思うのだ。ある時、例によって虫歯の部分を削られたのだが、痛くて痛くてたまらない。神経に障る感覚というのは、正確に言えば痛いのとはまた違った不快さで、空気にもふれない生命体の随に触られるような、痛みを越えた感覚である。たまりかねて、ウ〜とかア〜とか奇音を発した訳であるが、言われたことがふるっていた。「普通はこのくらい平気なんですけど...」といかにも我慢の足りない人のような扱いを受けたのである。結局麻酔をしてもらったのであるが、その後も詰め物がすぐに取れて、取れるとそこが痛くなった。

もう一つ、近ごろは助手というのが、先生の反対側に立って器具でだ液を吸い取る仕組みになっている。これは効率的で大変よいのだが、先生が片方に引っぱり助手が反対方向に引っぱると、ひとつしかない口は左右に思いっきり引っ張られて裂けそうな按配である。もちろん痛い。口を開けてじっとしている患者としては、この口が元に戻るのだろうかと心配にもなる。左右に開きっぱなしになった、ドラエモンにでてくる誰かさんの顔になってしまう。ようやく解放されて丁寧に痛かったと伝えると、「仕方がないんですよ、私なんか裂けちゃったことがあるわ」ときた。

もういけない、これ以上我慢するとしたら、オバカだと思い転院した。次ぎの歯医者ではそのような事はなかったが、こんどの助手は引っぱらない代わりに強くあごに器具を押しつけた。だからやっぱり不必要な痛みに耐えなければならなかった。

もうひとつ、歯医者を開業している人なら絶対に気をつけて欲しい事がある。それは、患者は常に下から見上げているということである。目の前の光源の曇り、天井にたまった煤や蛍光灯のほこり、普通は見ない所ばかりに目が行くのである。考えてもみて欲しい。患者は常に大き口を開けているのである。その真上の天井でほこりがゆらゆらしていたら、あまり気分の良いものではない。

そして今回、都合で新宿のとある医院にお世話になることとなった。仕事が始まる前の時間に診てくださるという。はっきりとした理由もなく、転院することに少しばかり後ろめたさを感じつつ、友人の御主人でもある若先生を訪ねた。

まずスリッパは消毒ケースの中から毎回取り出して履く。器具はすべて清潔、治療台に座ってから密封された治療用具を目の前で開き、新しい紙コップを置いてくれる。天井は完璧にクリーン。治療中私の口は全開の必要なし。麻酔の注射ですらほとんど痛みもなく打ってくださり、おまけに治療回数も破格に少ない。良い事ずくめであった。

数日後にこの事を友人に話すと「そんなこと常識じゃないか」と言われてしまった。我慢を美徳と育てられた世代の長所が裏目にでてしまったわけである。とにかく、時には他の医者についての情報を得る必要は大いにありそうである。ところで、新先生の腕のほどは?一回の治療で判断するのはまだ早いから、まだまだ未知数はあり、かな?次回も、はるばる電車に乗っても伺うつもりであるが。