庭日誌 December 2001  前半| 後半  最初のページに戻る戻る

12/28

ついに植木屋さんがやって来た。彼はいま67才、今は現役を退いて気侭に仕事をしている人だが、とても若々しい。

車で5分とかからない所に住んでいるとはいえ、朝8時にはもう鋏みの音が聞こえる。

この彼、今年は初めて枝透かしをしてくれた。そう、今まではほとんどぶつ切り。

でもそれには訳があった、やっと私が「岩を動かした」のである。

以前聞いたのだが、彼は、仕事に入る前にまず、庭を一瞥して主の要望を読み取るという。どこの庭でも同じような刈り方をするのでなく、相手に合わせるという。

私の庭の場合、おそらく私の懐具合も考慮して、せいぜい三日に終えるように、手早くさっぱりさせることに要点を置いていたらしい。

右のカイズカイブキちょっと前まで上の方に玉造りがあった。西側の花壇は列植されたカイズカに遮られてお日様があたらない。そしてついに去年から、自分でトラ刈りを始めた。届く所までだが....

昨年まで、この5本のうちの何本かを切り取ってもらおうと何度か頼んだ。だが、どうしても首をたてに振らなかった。かっこわるくなるというのだ。「これでいいんだよ」とただそれだけだった。

そして今回、訳を話して、切り詰めてもらうことにしたら、あっけなく「あいよ」と返事が返ってきた。それどころか、「そうだろうなあ、ここは日が足りないだろうね」と同感していた。私が、この庭を遊び場にしていることが、よおく見てとれたからだろうか。

希望をあらまし伝えると、さっさと仕事に取りかかる。まずは北側から。「な〜んだこの丸太でこんなことしていたの?いいじゃない。」そして、下から見上げる私に「手伝えばそれだけ早く終わるから手間賃も安くすむよ」と、遠回しによそさんの家の例をあげてくれた。

私の体は書斎の内装工事の直後でかなりくたびれていたのだが、そう言われてはじっといていられない。靴をはき替え割烹着を着て御出陣である。落ちた枝を拾っては、植木屋さんの軽トラックに投げ入れた。昔主人とキャッチボールをしたことを思い出すが、手にしているのは重い枝。「今度は砲丸投げでもはじめるかな」と考える。イチョウはまだ良かったが、カイズカになると、こりゃ重い。腹に力を入れて勢いを付けて投げ入れる。「奥さん男に産まれりゃ良かったなあ。悪い事いっちゃったかな」

植木屋さんとのおしゃべりも結構面白い。いろいろな事を教えてもらえるし、お孫さんの話しなんかも出てくる。おじさんは曲がったことが大嫌い。必要以上に人に甘える怠け者も大嫌い。長い付き合いだが、一緒に作業をしているとふっと本音が聞けておもしろい。

この写真にあるマテバシイ、昨年まではとにかくぶつ切りだった。それが今年は透かしてくれている。ここには写っていないが、イチョウ、サルスベリ、シラカシ、カクレミノ... 私が近くにいるものだから、一本一本希望を聞いてくれる。嬉しかった。

手が届くところは自分で済ませてあったこともあり、二日目の午前中で作業は片付いてしまった。サザンカやフェイジョアは花が終わってから私が刈ること。そして.....

「ねえ、あの御影石まだある?」「ああ、あるよ、どうしたいの?」

実は、今年の一月のこと、彼の家の片隅に積んである石の数枚を使って玄関の踏み石にしてくれていた。彼がどこかの工事をした時にいらなくなった石をもらってきて、こびりついたセメントをこそげ落としておいたという。一緒にトラックに乗っていったときに、たくさん積み重ねてあるのを見ていた。これを、裏門からのアプローチに使えないものかとあれ以来ずうっと狙っていた。植木屋さんは、今まで、この裏門の入口へ石を並べることにどうしても同意しなかった。土を見せる掃除の仕方まで教えてくれて、反対していた。ところが、ところが、あっけなくもあっさりと、「じゃあ、やるよ」という。

仕事が終わってから、自宅に戻って石を運んでくると、さっと並べてくれた。(一番上の写真)割れてしまったのもあるけれど、それはそれで面白い。道の流れに沿って、ちょっとうねらせてくれたのも嬉しかった。

それから、例によって、包丁と鋏みをさっと研いで、一日半の料金に枝を捨てる費用だけを請求をして、帰って行ってしまった。

嬉しかった。嬉しかったし、彼に教えられることの多かったこと。爽やかに、誇りを持って生きている人と一緒にすごして、心の中がほんわりとぬくもっている。冬の日ざしの中でひなたぼっこを楽しんだあと、縁側から家の中に入ると、ひさしぶりに生けた赤い実のついたナンテンが風にゆれた。昨日「ほれ、こんな風に生けてごらん」と切り取った南天の一本を手渡され、日本水仙をあしらいにアレンジしてみたものだった。

ちょっぴり寂しい庭になったけど、春がくればすぐに芽吹いてくる。あ、そうそう、明日おじさんの家にビナンカズラをもらいに行かなくっちゃ。このつる木がどこかで手にはいらないかと話をしたら、「家にあるよ。鉢に植わっているからやるよ。」と言っていたから。

12/26

番外編。

50才を目前にした頃、自分の生きて来た道を振り返ることが多くなった。一体自分は何をして来たのだろうか?何をなし得たのだろうか?50年も生きて来て... 一体...

己の能力の限界に歯がゆい思いを重ねると同時に、人生の足掻きから解放された安堵感が入り交じり、しだいに後者が前者を説き伏せていった。幸せに生きて来たじゃないか、何の文句があるというのか...

言葉というのは妙な形で心の一角にしっかりと収まってしまうことがある。この頃頻繁に脳裏を去来したのが、

「この上ないよ、文句を言ったらバチが当たるよ、この上ないよ」これは祖母の言葉。明治時代に油屋に産まれ、人も羨む境遇に育ち始めたのだが、物心付くか付かないうちに次々と両親を失い、一転して姉妹別れ別れに親戚に預けられて暮らすことになる。親戚とは言え、苦労の連続だったことだろう。ようやく所帯をもち、一文なしのどん百姓から築きあげの人生だった。子供は何人産んだのだろうか、野良で産気付いてぽろりと産まれたなどという話しを何度か聞いた事がある。経済状態も落ち着き、孫に恵まれる頃になっても、ボロを着てこまめに動き回っていた。私は彼女の愚痴を聞いた事がない。読書をするでなし、旅行をするでなし、およそ贅沢とは縁のない暮らしに安堵感を見い出す人だった。唯一彼女が用いた贅沢品といえば、叔父が買ってあげた高級茶わんと象牙の箸。食事が済むとお茶で洗ってすぐに箱にしまっていた。「この上ない人生だよ〜」そう言っておだやかな顔で静かにこの世を去っていった。

一方、「あんたは満足ということを知らない」。これは、母から繰り返し私に投げられた捨て台詞。満足なんかしていたら、安住することになる。そしたら進歩なんてなくなる。膨れっ面が飲み込んだ減らず口はこれだった。一緒に生活している人間にとったら、およそ迷惑な存在だったことだろう。

この相反する言葉が繰り返し脳裏をよぎったのが50代。私にも苦労はあった、幸せもあった、悲しい別れもあった。決して平たんな人生ではなかったと思っている。そして残りの人生をできる限りスッキリ生きていきたい、不必要なものは持つまいと思った。

思ってしばらく身辺整理が始まった。妙なもので、整理されると隙間ができる。風通しがよくなると酸素の供給が良くなるからか、未知の世界への興味がふっと膨らんで、ぐんぐんその空間を埋め始めた。当初、庭いじりは外の仕事、少しばかりのめり込んでも家のなかは安全と高を括っていたのだが。あにはからんや、それは書籍という資料を部屋の中に持ち込む結果となってしまった。「買わない!増やさない!」とイヤイヤをして、図書館通いをしていたのだが、これには返却という代物が付いてまわるし、リクエストだって限界がある。いわんや横文字の本となっては所有物にするしかない。物置きの方でもじわじわと雑多なものが増え始めた。

ひとつのことに興味を持ちはじめると、好奇心は波及的に広がっていく。それは知識や物ばかりに限らず、人的資源にも広がった。そう、よき友である。自分の庭用のサイトを作ったことから、友達の紹介で他所のサイトを作ったり、英訳版を頼まれたり、あるいは園芸を媒体として直接の知り合いも増えた。

母の言う通り、私は「満足ということを知らない」のかも知れない。でも、と同時に、「この上ない」と思いながら生きてもいる。

年末になって、念願の「夢の間」がほご完成した。20年以上も未完成のままにしておいたこの空間は、家族の心の中に、様々な夢をもたらしてくれた。犬や子供達の遊び場から、ジムとして家族の健康維持の空間へ、娘達が油絵を画くアトリエとして占拠された時期もあった。そして、ここ数年はほぼ無使用のまま、主の決断を待っているような状態が続いた。

実は、本来ここは、最終的には亡き夫の書斎兼オーディオルームになるはずの空間だった。大きなスピーカーをデンと構えて、音を適度に吸収する素材で壁を覆って... だから、我が家にはややこしいチューナーやらなんやらが場所を食って仕方ない。音バカの私にはそれこそネコに何とかで、ちょっとCDを聞くのにもいくつものスイッチが必要となる。

さあて、この夢の間。思いきって完成させたのには、訳がありました。この空間をあと何年使えるだろうかと考えたら、ひょいと重いお尻が上がってしまったのです。年金暮らしの虎の子を叩いて、それこそ一念発起した。幸か不幸か、長い付き合いの建築家は、予算が限られていても譲らない部分ははっきりしている。であるからして、「不足分は御自分の労働でまかなったらどうでしょう、お手伝いしますから」と言う事になった。決して押し付けがましさはなく、やんわりと迫ってくる。流れに任せて、じゃあと、見切り出発とあいなった。

この日誌をお休みしていた日々、

1)前回は壁塗りをしていた。貝テキとかいって、貝殻の粉が入っている漆喰だとか。素人がやるには難しすぎる下地塗りと天井部分の仕上げは、プロの漆喰屋さんに頼んだ。この人は、朝8時にはきっかりやってくる。面白い人で、「お宅にいろんな鳥がきているね。ミカンを半分に切って木に刺しておくと鳥がくるよ。」「奥さんよ〜、あれじゃさかさまだよ。鳥がミカンを食べられないじゃんかよ〜。」

まあ、見るからに効率の良い仕事をしている人なのに、よく気のまわること!聞けばバードヲォッチングが趣味だとか。その彼、大きなバケツに粉と繊維を混ぜて水を入れ、バーミックスの大形の様な物でかき混ぜて材料を捏ねていた。ほとんど休憩もとらずにびっしり動きまわり、あれよあれよと言う間に、さっさと片付けて帰ってしまった。交渉の末、床に敷いたシートだけは、そのまま置いていってもらったのだが..。でも、私があとからひとりで作業をするのを気づかって、小振りのバケツに捏ねた残りをきっちりくるんで置いていってくれた。これが、ずぶの初心者である私にとっては、唯一の教材、資料となった訳である。

 さあて、人にばかり頼ってはいられない。忙しい建築家(熊さん)を待っていたら、それこそ年越し工事になってしまう。「Pippimamaそれ行け〜!」と我身に号令をかける。私の力だから、ひと袋25キロの粉も繊維も4当分して捏ねることにする。台所からケーキ用のスケールを持ち出して軽い繊維を計り、体重計で粉を計る。水で混ぜると、重い!物置きに走っていき、壊れたモップの棒だけを使ってまずは撹拌。これはゴマすりの手際で棒をあやつった。荒く混ざったら、今度はへ台所から持ち出した木べらで丁寧に捏ねる。これはパン生地を最初に混ぜるときの要領。出来た生地を壁に塗り付けるコテは物置きの片隅で錆だらけになっていた物を熊さんがやすりをかけてくれてあった。固い黒パンにバターを塗る要領、パンが垂直になっていたら、こんな感じだろうか、などと考えながら黙々と作業をした。翌日は熊さんオっさんが助っ人してくれ、捏ねは全てやってもらえたので、大いに助かった。

できるできる。私にだってこんなにできる。大いに働いた。が、右肩の懲りはさすがに重く、今もじっとり肩にひっついている。

そして、
2)今回は床貼りをしていた。予算のやり繰りで人に頼めるはずだったのに、高い壁材に押されてこれまた、労働力が自前となった。コルクの2層貼りに決めたのはだ〜れ?私!下貼りは熊さんとオっさん(八つあんじゃあない)が手伝ってくれたが、どうみても要領悪し。3人で4時間程かかっただろうか。「じゃあ上の層はがんばってください」と部屋の中央に直行する墨線を書いて2人はさようなら。コルクのフローリングの入った箱が4つポツンと部屋に残された。正確に言えば、トイレの中だけは大工さんが仕上げてくれている。これは工事の手順の都合上、水道屋さんの仕事ができなくなるから、仕方なかったのである。

接着剤は以前にくらべると良質になっているとのこと。それでも揮発性であるから、部屋の窓を開け放っての作業となった。何のことはない、正方形のタイルを順番に貼っていくだけ。コーナーは柱に合わせてカッターで切り取る。見るに見かねて腕まくりをして手伝いに参加した次女は接着剤を小びんに移すよう主張。言う通りにすると、作業が数段速くはかどるようになった。

23日に、家族で過ごすクリスマスとして中休みを入れたが、ほぼ丸2日で貼り終えた。

これだけの工事がきつい予算内で終えられたのは、自分の労働に寄る所もあるが、主としては、いろいろな方のお世話のたまものである。ホームページの英訳をさせていただいた松村材木店からは破格の値段で良質の材料を分けていただき、設計士の熊沢さん、コーディネーターの乙津さんには、無償の労働を随分提供していただいた。このふたりは「ひなた工房」として、依頼者参加型の建築をしていくそうで、私は実験第何号かになったらしい。

年末から正月は書斎の引っ越し、そして整理に追われることになるでしょう。

この日誌?どうなるかな...

12/25

サンタの贈り物。

6年ほど前から、クリスマスの朝に贈り物が届くようになった。目を覚まして庭にでると包みが置かれている。

この本が欲しかった。極端に雨量が少なく水はけも悪いイギリス南東部の土地に庭を作った彼女は、環境に合った植物を捜すことでこのハンデを乗り越え素晴らしい庭園を作ったという。

できるだけ手のかからない、それでいて趣のある庭を作りたい私には、きっと参考なることだろう。

 この下の一冊?ほんとうは、あんまり読みたくないの。でも、もうすぐ読まなくてはならない本。マックOSXの説明書!

この日の夜、私は上の2册を抱いて眠った。サンタさん、今年もありがとう!

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