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雨上がり、朝食も取ら摂らずに庭にでる。シダの裏に胞子がびっしりついている。
いつか母を訪ねた時、シダ退治をしたので右手が痛いと言っていた。 その時はどうしてそんなにシダを目の敵にするのか疑問だった。が、これは確かに始末が悪い。生えて欲しくないところにどんどん生えるし、抜け難いのだ。ことに密植したタマリュウの間には生えてほしくない。だが、抜こうとするとすぐにちぎれる。
そこで、この胞子が庭中に飛び散ったらどうなるのだろうと考え、空恐ろしくなって一本引き抜いてみた。すると、じめじめの土と一緒に根も抜けた。これはチャンスである。家の中に飛んで戻り、そそくさと朝食を済ませると、いざ出陣!
シダは、最初の数年は胞子を持たないのだが、その後はたっぷり子孫を残すべく準備をなさる。胞子の付いたものはコンポストには入れられないが、そうでない物は再利用と、仕分けをしながら鎌を片手に何十と株を引き抜いた。
園芸の目的で植物を管理する場合、その時点における見た目の美しさだけで植えてしまうとあとで困る事がある。限られた空間の中で1年中付き合わなくてはならないために、季節毎の鑑賞価値や花後の見苦しさも考えなくてはと思う。また、不必要に繁殖してしまったときの事も考えるようになってきた。いくら好きでも、ほどほどの量
で他の植物と同居をしてもらわなくてはならないのだから。アジュガ、シュウカイドウ、グレコーマなどは、いくら増えても簡単に抜けて始末がいい。
ふと、カタバミのことを考える。花はあんなに愛らしいのに、どうして嫌われるのだろうか。どうしてグランドカバーとして使われないのだろうか。この草はある時期とても見苦しくなり、とにかく抜きにくいからあではなかろうか。が、今年買ったブルーのカタバミ... いつのまにか黄色い花が咲き出している。しっかり種までついている。はて、これは一体どうなっているのだろうか。芝生の中に入ったカタバミ、チドメグサの始末の悪い事ったらない。だから、恐くなって種を摘んでしまった。
「あんたねえ、悪いけどさ、困るのよね。ごめんね。」とあやまりながらの作業が続いた。
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