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名前がわからず、調べてわかった! こうして春が、存在を主張している。毎日の植物の生長の勢いで。だから私は、朝起きるとまず庭にでてしまう。こうして芽生えてくる植物の魅力というのはなんてすごいんだろう。冬の間の心配が嘘のように溶けていく。 ふと、運転しながらそんな自分をおかしいなと思って、その次にハッとした。人間も同じじゃないだろうかって。 魅力的な人には会いたくなるって。理屈じゃあないのね。「また会いたいなあ」と思われるような人と、うとまれる人と。もちろん相性があるけれど、....。 春の庭に大切なことを教えられた。[2001.3.31] |
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根元から切ってしまえばただのゴミとなるところだが、植木屋さんは春を待ってやってきてくれた。なんとか生かしてやりたいと、大変な思いをして抜いて運んでいってくれた。ぽっこり空いた穴には、裏から腐葉土を運んで、そのうえに、昨年買い求めてあった煙りの木を2本植えてもらう。 私は、この植木屋さんのプロ根性と思い遣りが好き。 我が家の玄関へのアプローチは、一月の工事のときには石が足りなくて、一部を砂利で埋めてあった。 木陰に、その家の工事をした時にいらなくなた石が積まれている。裏にセメントがついていたのをていねいに取り除いておいたそうだ。「これでよければやるよ。」のひと言で話は決まり。 あっと言う間に埋め込んでしまった。後は、いつものように、包丁と鎌の挟まで研いでもらう。 (写真手前の3枚がそれ) |
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それにしても、こんなに小さいのか!群生させられたらいいのだが。
庭日誌をつけはじめてから、もうすぐ1年になる。 季節を感じるとはこういうことなのだろうか、今日の今まで、椿が春の花だということに気付かなかった。3月に咲くなんて!サザンカとツバキは共に冬の花だと思い込んでいた。それで、去年の暮れにはせっせと椿の剪定をしてしまい、あわれ、蕾みは無惨にもコンポストの中! そして、自分自身についても発見がある。冬の間、寂しくなった庭を見て「ああ春が来たらどうしよう」と心配だった。庭にはなんの魅力も感じず、なにもする気になれなかったから。それが、どうだろう、暖かくなれば、じっとなどしていられない。仕事もそっちのけで庭に出ずっぱりではないか。 人生半ばを過ぎてからも、我が身にすら新鮮な発見があるものだ。
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春、春、はる。「三寒四温」の今日は温なのだろう、日中は20度まで上がるという。 春はこんなにも空気が乾燥しているのか、鉢物の乾きにはあきれてしまう。樽の中には、雨と雪からの水がたっぷりはいっているらしい。ふたつのじょうろを使って交互に汲んではまいてやる。 地中に埋める冠水の用具もあるのに設置もままならない。 こうして忙しい日が続くと、逆に、自分にとっての庭というものが相対的に見えてくる。どんなに仕事が忙しくても、庭の手は抜かないなどということはできないから。暇があれば水やりも楽しいのに、まだまだ私には仕事の方が楽しいらしい。 昨年私は新たな方向に進路を向けて再出発した。それが順調に進行し、面白くもある。庭は私のオアシスだけれど、まだまだ限られた時間で管理していかなくてはならないのだから、できるだけ直植えをして、手の掛からない丈夫な種類を集めていこう。まだ当分は、植え方の工夫を楽しむようにして。
どの木もずんずん芽を膨らませている。乾き切った土の中からは、ギボウシ、シラン、スミレ、ホトトギス、....ムクムク土を持ち上げている。 さあ、本格的な春が来る前に、仕事を一段落させなくっちゃ。 |
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